【北海道の思い出編】- おとなしい兄と、私のサバイバル幼少期

私の兄は、おとなしい。
学校でも静かで目立たない、いわゆる“普通の子”だった。

…はずなのに。

なぜか 妹へのイタズラだけは天才的 で、
しかもしつこい。

幼稚園児だった頃の私にとって、
北海道の大自然より怖かったのは、
たぶん兄である。

そんな私の「サバイバル幼少期」を、
今日は思い出としてまとめてみようと思う。

目次

エピソード1:かまくら生き埋め事件w

ある冬の日、兄が小さな“かまくら”を作った。

「おい、中でみかん食ってろ」と
みかんを渡された…

幼稚園児の私は素直なので、
みかんを美味しく食べていた。

…数秒後。

目の前が真っ白。

兄が外から雪をかけて、
私ごと生き埋めにしたw

軽い雪だから自力で出られなくはないけど、
完全に閉じ込められた状態。

パニックの私を救ったのは、
走ってきた父。

兄は遠くで笑っていた。
悪質である。

エピソード2:流氷つきとばし事件w

私はこどもの頃、5年間だけ最北の地 稚内に住んでいた。
家から歩いて15分が海で、いつも海で遊んでいた。

そして、稚内の海と言えば流氷です。
北海道民にとっても流氷はめずらしいですから、
よく家族で見に行っていました。

流氷って接岸すると、地面と氷の境目が分からなくなる。
家族で“そろりそろり”と歩いていたあの日…

いきなり背中を押された。

押したのは、もちろん兄。

半分海へ落ちかける。
流氷、海、死の恐怖…。
↑ 大人ならこう思うのだろうけど…
幼稚園児は「うわ~」って思っただけ…w

またも父が救助。
ながぐつは流氷の中へ消えた。

兄は、やっぱり笑っていた。

エピソード3:沼にはめられる事件w

ただの沼だった。
ただの湿地だった。

しかし兄、友達がいると調子に乗るタイプである。

→ 兄が私を押す
→ ずぼっ
→ ひざまで沈む
→ 出られない

兄と友達が救助を試みるが、
ギリギリのところで無理。

最終的に兄が父を呼びに行き、
父が回収。

兄はやはり反省していない。

エピソード4:階段を横向きでおりろ事件(転がれ)w

兄が突然言う。

「横向きで階段おりるの、めっちゃかっこいいぞ」

幼稚園児のケイ、また信じる。

→ 横向きで降りる
→ 転がる
→ 成功!(でもちょっと怖い)
→ でも兄はまたやらせる

結果、私は
横向き階段下りが上手くなる…w

兄は友達を呼んできて、
「うちの妹すげー!」と披露。
…いや、お前がやらせたんだよ。

ある時、母が気づいてやめさせる(終了)

エピソード5:はち(※遅く飛ぶハエw)つかまえてみろ事件

兄曰く、ハチを見せて、
「あれは“遅く飛ぶハエ”だから、おまえでも捕まえられる」

これがびっくり、
私は本当に何度も捕まえていた。
(幼稚園児の勇気?!どうなってる)

問題はここから…
兄が友達呼んでくる!

兄「うちの妹、ハチを手でつかまえます!」
→ いつもと違うので、やや緊張する…
→ 力が入りすぎる
→ 刺される。大惨事w
→ 大パニックのすえ、母が助けにくる…

兄、母と友達の前で知らん顔してるのが一番むかつく。

エピソード6:ソフトかつあげ事件(高校生まで続くw)

兄「一口だけちょうだい!」
→ お菓子などもいつも一口じゃない。ほぼ半分。

さらに“金銭版”が悪質すぎる。

兄「月末、お小遣い足りない。貸して」
ケイ「いや」
兄「貸して」
ケイ「いや」
兄「貸して」
(エンドレス…)

→ 根負けして「貸す」
→ 返ってこない
→ 私「お母さん、お兄ちゃん返さない!」
→ 母「お兄ちゃん、お金足りないのよ〜」と母が払う
→ むかつく

これが何度も続いた。
兄の執念と、母の兄へのあまさは本当にすごい。

終章:この経験で身についたものは…

本当ならここで
「このサバイバル環境が私の仕事に役立った…」
わけない!w

実際に、まだまだいっぱいあった。
ここに書けないこともあった…

でも大人になって、兄、父、母に言ったところ…
誰も覚えていなかった… マジかと思ったw

私は理解した。
やった方は忘れる。
でも やられた方は忘れないw

でもまあ、兄のおかげで、
私はタフな人間になった?! 気もするw

今度 会ったら言おう。

兄よ、あなたのせいで私は強く育ちましたw

(執筆者:ケイ)

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